祈りは神の為でなく…


荒くなった呼吸を落ち着かせて」
胸の十字架に指を滑らせ、目を閉じる。
短い、祈り。
ほんの数秒、意識を彼方に飛ばして。
違う場所、違う時間

そこにいるであろうひとに、思いを馳せる…


「終わったなぁ」
山と積み上がったオークの死体に視線を向け、ナイフをしまい込みながらホルスが肩の力を抜いた。その後ろで聖水の瓶を開け、彼の背中にぱしゃぱしゃかけながらフィデルがため息をつく。
「…全く、こんなにたまってたんじゃこの辺が危なくもなるわね」
「ん〜、まぁなぁ。奥のダンジョンから溢れてきたんやろうけど…ちょおっと不用心やなぁ」
自らの金髪をくしゃくしゃかきまわしていると、やめなさい、と聖水をかけられる。
ほーい、と返事をしつつも、ホルスの目がダンジョンから離れることはなかった。
「…何考えてるの…?」
いやぁな予感を肌で感じ取ったフィデルが呆れ顔で訪ねる。清めが終わった聖水の瓶をバックにしまい込み、代わりに一冊の…見た目にも頑丈そうな本を取り出して、その背をさすりながら。
「…お宝、あるかなぁ」
振り返る顔には満面の笑み。どうやら、ローグの勘がホルスをダンジョンに誘っているようだ。予想と全く同じ答えに、フィデルがやれやれと再度、ため息をついた。
「…ま、あの中にいる敵が何か落とすかもしれないね」
やはり長いつきあいのフィデルにも、その予感はとても魅力的だった。うまくいって何かあれば、あの白い翼が手にはいるかもしれない。
「いこうかー」
しまったはずのナイフを取り出し、くるくる回してみせるホルスに頷き。
「うん、でも」
フィデルは本を胸に抱いて振り返った。短い緋色の髪が僅かに揺れ、暖かな残像を描く。
飛ばした視線の先に…一瞬閃光が走っていた。

「あの二人が来たら、行こうよ」

舞い上がる砂埃の中にいるだろう仲間を待つために。
彼女は本を抱えたまま、その場にぺたんと腰を下ろした。
「…っ…」
山と押し寄せるオークの群れ。手にしたシールドの影からそれらの数を確かめ、サフィールは剣を握る手に力を込めた。
始まったときから考えると数は格段に減っている。その証拠に、背中合わせに戦うシャックスの動きも大きくなっているようだ。
もう少しか。
呟くとシールドを構えたまま突っ込む。
「!」
はじき飛ばされた数体が、声にならない悲鳴を上げた。倒れ込んだうちの一体が体制を立て直し、巨大な錆びた斧を振りかざして向かってくる。
怒りなのだろう、真っ赤に染まったその瞳には、理性というものは全く感じ取れない。
「!!!!」
理解不能の叫び声を上げ、シールドを下ろしたサフィールに武器を振り下ろす。
横目で彼女の様子をとらえたシャックスが暗殺者に似つかわしくない驚愕の悲鳴を上げた。
「サフィールっ!」
しかし、助けに走ろうとしたシャックスを新手が取り囲む。一瞬の隙をつかれた彼の銀髪が数本、風に舞った。
「っっく!」
両の手に装着したカタールがオークの斧を受け止めて火花を散らす。襲いかかってくるものたちに武器をふるいながら、シャックスは叫んだ。
「無理だったら逃げろ!サフィールっ!」
その言葉を聞いて…クルセイダーは軽く目を見開く。



『逃げなさい!』
敵うはずのないレベルの呪文。軽い詠唱は、おとりになるときの手段。
けれど、今の敵はポリンではない。赤黒く、鎧のような甲良を持った芋虫、アルギオペ。どうあってもあの程度のもので勝ち目はない。
『な…っ』
全身に負った傷は浅いが数が多い。回復が間に合わない。
それでも剣士は、剣を支えに立ち上がった。ここで負けるわけにはいかない。守るべきものがいるのだから。
『盾が逃げてどう…』
しかし、返されるのはにべもない返事。
『今の貴女は盾じゃない!私ならいくらでも、何ともなる!』
叫ぶと同時に炎の壁が周囲を焦がす。数体のモンスターが焼かれ、辺りに異様な臭いが立ちこめた。
『早く!このままだと私も危ない!
今は逃げなさい!』
『…っ!』
ぎり、と歯を食いしばり、痛む足を引きずって駆け出す。


木立の間を駆け抜け、振り返ったとき。
剣士の目に映ったのは閃光が空に吸い込まれていく瞬間だった…

『…姉さん…!』




「…逃げない…」
がきん、という金属音。同時にすさまじい圧力が、サフィールの剣にかかる。
とてつもない力で押されながら、けれど負けることはなく、サフィールはオークを押し返した。
「?!」
何が起こったのか理解できなかったのだろう。オークの目が丸くなる。
はじき飛ばされたそれに光が十字の軌跡を描いた。
「…ふぅ」
口元を覆っていたマスクが切り裂かれている。シャックスは軽く肩をすくめると辺りを見渡した。
「終わったかね…なんて言うか…こんなに多かったら、そりゃあ溢れても来るよな」
すでに倒したモンスターはその姿を消滅させている。辺りに残っていたモンスターの残骸…宝石だったり何かの一部だったりするものは回収済みだ。それらを売れば、結構な額になるだろう。
「サフィール、あっちも終わってるみたいだ…」
声をかけようと振り返り、シャックスは言葉を飲み込んだ。
彼の視線の先に、彼女は居た。
ただ…声をかけるのがはばかられたのだ。
跪き、胸から下げている十字架を握りしめ。
クルセイダーは目を閉じていた。
聖騎士である彼らが、戦いの後に祈ることはよくある。それは自らが仕える神に戦いの勝利を報告し、感謝を捧げるもの。
だから、クルセイダーの祈りは静かな報告である。
しかし、サフィールのそれは。
きつく目を閉じ、十字架を握りしめた拳はふるえている。
これが本当にクルセイダーの祈りなのか。
初めて見たシャックスは伝わってくる悲しみに呆然としたものだった。
それは…『祈り』と」言うよりむしろ『懺悔』
神ではなく他の何者かに捧げる『鎮魂の祈り』
「…じゃあ俺、先に戻ってるから」
それだけ告げると、音もなくきびすを返す。
…見ていられない。
そう、思いながら暗殺者は高い空を見上げると、仲間…ホルスとフィデルの元へ歩き出した。
…私は、まだ、死ねない。
逃げなくても済むように。
倒れても立ち上がれるように。
もっと強くならなくてはならないから。
…もう、あんな事が起こらないように。同じ思いをする者が現れないように。

だから。
「…逃げない。そのために強くなる…」
己に思いを刻み込み。
大きく息を吸い込んで、サフィールは立ち上がる。
さわりと吹いた風が、彼女の髪を揺らして光の残像を残し、森の奥へと消えていった…



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